2016年9月28日水曜日

【学問のミカタ】English Breakfastは、イギリスの朝ごはん?

 外国文学、英語科目ほか担当の南隆太です。およそイギリスほど、食べ物について評判の悪い国は少ないような気がする。イギリス人でさえも、自虐的に、あるいは時にはなぜか自慢げに、「料理の不味さ」を口にする。そんな国の食事で、評判が悪くないのがFull English Breakfastだ(「料理」ではなく「食事」というのがミソなのだが)。

 有名なイギリスの作家サマセット・モームは「イングランドで三食ちゃんと食べるには、一日3回ブレックファーストを食べればよい」とまで言っているのだけれど、これってイギリスの料理は不味いと認めつつも、認めたくない負け惜しみに聞こえなくもない。しかし良く考えると、食べ物ほど愛国心(あるいは郷土愛)をかきたてるものも珍しいかもしれない。自分の生まれ育った地方の食事に必要以上の拘りやプライドを持つ人は結構いたりする。しかも、日本の場合でも餃子やうどんのように、庶民的な食べ物ほど地元愛と結びつきやすいようだ。

 では、フル・イングリッシュ・ブレックファーストは「歴史と伝統」ある特別なものなのだろうか?どうやら、もともとは貴族や上流階級が狩りなどで屋敷にやってきた客をもてなすための朝食だったようだ。19世紀以前のメニューやレシピを見ると、その内容たるや、スープに始まり魚に牛肉、鶏肉、場合によっては前日の狩りで獲った鹿などの肉料理、そして最後はデザートに至るまで、その種類と量の多さに圧倒されるだろう。それがどうして今のようにベーコンとソーセージになって、こんなにイギリスの誰もが(というかどちらかといえば庶民が)誇りを持つような食事になったのだろう?

 上流階級の屋敷で料理人が作っていたブレックファーストの習慣は、19世紀の終わり頃に労働者階級や下層の中流などの一般庶民が高級化する(英語では ‘gentrification’ つまりgentry (紳士階級)のようになる)につれて取り入れられて、今のようなブレックファーストができたのだった。

 とはいえ、忙しい朝に料理する時間がないので普段はコーヒーとパンで済ませて、フル・ブレックファーストは週末に食べるというのが多かったようだ。ところが、1920年頃にアメリカからコーンフレーク(ケロッグがイギリスで販売を開始したのが1922年)や(「脂肪を燃やす=痩せる」と言われた)グレープフルーツがアメリカから入ってくると、イギリスの朝食はすぐに様変わりする。しかし、「イギリスの伝統が失われる!」という危機感からだろうか、イングリッシュ・ブレックファーストのレシピ本や雑誌の記事等が次々と発表されるようになるのだから、面白い。このように素早く用意ができて栄養価を考えた朝食のスタイルが海外から入ってきたり、その後の大きな戦争を経て、「伝統あるイングリッシュ・ブレックファースト」のイメージが次第に作り上げられていったのだろう。

 さて、この有名なイングリッシュ・ブレックファーストについて、イギリスでホーム・ステイをした学生からの苦情が少なくない。それは「不味い」ではなく、「1年いたけど、一度も食べたことがない」というもの。忙しい朝に、そんなものを作る余裕はないし、せいぜい週末の気の向いた時に作る程度で、なによりも、多くの家庭では、フル・イングリッシュ・ブレックファーストとは(国内)旅行に行ってホテルやB&Bで食べるのものなのだ。

 それでも、フル・イングリッシュ・ブレックファーストは、「何世紀にもわたって受け継がれてきたイギリスの伝統 (tradition and heritage)」だということで、「イギリス朝食協会」(The English Breakfast Society)があり、今や衰退しつつあるこの伝統ある朝食を次世代に伝えようと活動を続けている(らしい)。毎年4月の第一日曜日は「フル・イングリッシュ・ブレックファーストの日 (National English Full Breakfast Day)」なのだそうだ。興味のある方は、協会のホームページを見てほしい。イングリッシュ・ブレックファーストと多くの植民地を抱えていた頃の大英帝国とを結びつけるような説明には少なからず驚くのではないだろうか。ともあれ、歴史のほかに、レシピも載っているので、次の週末にでも、試しにフル・イングリッシュ・ブレックファーストを作ってみてはどうだろう?「伝統」と庶民感覚が混じった、普通のイギリスを感じることができるかもしれません。美味しいかどうかは別として・・・。

・参考リンク: The English Breakfast Society